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東京地方裁判所 平成6年(ワ)23494号 判決

原告

児玉義

児玉裕義

原告ら訴訟代理人弁護士

藤川明典

被告

荒川区

右代表者区長

藤枝和博

右指定代理人

河合由紀男

外三名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告児玉義に対し、二七一万三七六二円及びうち二三一万三七六二円に対する平成五年一二月四日から、うち四〇万円に対する平成六年一二月二一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告児玉裕義に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成五年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、原告児玉裕義(当時一八歳、以下「原告裕義」という。)が被告の設置管理する日暮里公園に設置されていた児童用遊具を利用中に右遊具から落下して傷害を負ったことについて、被告の土木部公園緑地課課長には右遊具の管理について注意義務違反があったと主張して、国家賠償法一条一項に基づき、被告に対し、①原告裕義の父である原告児玉義が別紙損害明細表記載の損害二七一万三七六二円及びうち二三一万三七六二円に対する右事故の翌日である平成五年一二月四日から、うち四〇万円に対する右事故の後の日である平成六年一二月二一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、②原告裕義が慰藉料三〇〇万及びこれに対する右事故の翌日である平成五年一二月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

二  争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実

次の事実は、当事者間に争いのない事実か、又は証拠上容易に認められる事実(この場合には採用証拠を〈 〉に掲げた。)である。

1  原告裕義は、昭和四九年一二月一七日生まれの男性であり、原告児玉義はその父である。

2  被告は、東京都荒川区東日暮里五丁目一九番一号所在の日暮里南公園(以下「本件公園」という。)を設置管理している。

平成五年当時、被告において本件公園の管理を担当していたのは、土木部公園緑地課課長である遠藤光胡(以下「遠藤課長」という。)であった。

3  本件公園には、ターザンロープと称される滑走遊具(以下「本件遊具」という。)が設置されており、その構造の概略は別紙図面のとおりである。

本件遊具は、地上高5.6メートルの支柱(ワイヤーロープの取付け高は四メートル)と地上高3.6メートルの支柱(ワイヤーロープの取付け高は三メートル)との間に18.2メートルにわたって中央部分を軽くたるませたワイヤーロープを張り、右ワイヤーロープに台座つきのチェーンの上部に滑車を付けたものを吊り下げ、チェーンをつかんで台座に座った(体を台座の上に乗せ、両足でチェーンを挟み込むような状態)利用者が、斜めに設置された出発台から、空中を滑走できるようにしたアスレチック遊具の一種である。

4  平成五年一二月三日午前七時ないし八時ころ、原告裕義が本件遊具を利用中に本件遊具の台座から転落して傷害を負うという事故(以下「本件事故」という。)が生じた。

本件事故により、原告裕義は、急性硬膜外血腫、左側頭部及び左側頭蓋骨線状骨折の傷害を負い〈甲一四〉、同日から平成六年二月九日まで、東京都荒川区所在の医療法人社団一成会が開設する木村病院に入院した。

三  争点

原告らは、遠藤課長には、本件遊具を管理するにあたって次の注意義務違反があり、本件事故は右義務違反によって生じたと主張する。

1  本件遊具の台座について

本件遊具のワイヤーロープに吊り下げられたチェーンの台座としては、中心部分に板の入れられたタイヤが用いられていたが、本件事故当時、右のタイヤは、本件遊具の利用の頻度及び耐久年数からその強度が落ちて変形しており、本件遊具の利用者が滑り落ちやすい状態になっていた。

遠藤課長は、右の台座としてのタイヤを変形のない物に取り替える義務があったのにもかかわらず、これを怠った。

2  本件遊具の敷地について

本件事故当時、本件遊具の敷地のうちワイヤーロープの下の地表は、数センチメートルにわたりえぐられた状態となっており、数ミリメートルから一センチメートル位の大きさの石が多数露出していた。

遠藤課長は、右の石を撤去するか、あるいはえぐられた地表を埋め直す義務があったにもかかわらず、これを怠った。

四  争点に対する被告の主張

被告は、次のとおり、遠藤課長には注意義務違反はなかったと主張するとともに、注意義務違反と本件事故との因果関係を争う。

1  争点1(本件遊具の台座)について

本件遊具の台座として用いられたタイヤは、本件事故当時、利用頻度や経年変化等により変形していたものの、台座としての機能に特段の支障が生じていたわけではない。したがって、遠藤課長にタイヤを変形のないものに取り替える義務はなかった。

2  争点2(本件遊具の敷地)について

本件の敷地のうちワイヤーロープの下の地表は、本件事故当時、ダスト舗装が削られて小石の混じった自然土が露出していたが、台座の高さは、ワイヤーロープの両端の高いところでも0.7ないし一メートル程度(台座に人が座っていない状態)の高さであり、利用者が仮に転落しても、その身体に対し重篤な傷害を招来することは、ほとんど考えられない。したがって、遠藤課長に小石を撤去したり、地表を埋め直す義務はなかった。

第三  当裁判所の判断

一  判断の前提として、証拠(甲四、乙三、四、原告裕義本人)及び弁論の全趣旨により認められる事実は、次のとおりである。

1  本件遊具は、昭和六〇年七月から昭和六一年三月にかけて行われた本件公園の改修工事により設置されたもので、本件遊具は小学校高学年を対象としたものである。地面ないし出発台から台座までの高さは、台座に人が座っていない状態で、ワイヤーロープの中央部付近で約0.5メートル、支柱付近の高いところでも約0.7メートルないし一メートルであり、台座に人が座った場合には、台座の高さは更に低くなる。

2  平成五年一二月当時、原告裕義は奈良大学の一年生であり、奈良市に居住していた。右当時の原告裕義の身長は約一七〇センチメートル、体重は約五五キログラムであった。

3  同月二日、原告裕義は、早稲田大学で行われるクイズ研究会に出席するため、奈良大学の同級生で友人の小峰和泰(以下「小峰」という。)とともに、午後六時ころ奈良を出る普通列車に乗り、普通列車を乗り継いで、同月三日午前五時ころ東京駅に着いた。

4  原告裕義は、日暮里駅の近くにはカレーの自動販売機があるということを聞いていたため、日暮里駅に向かい、同駅を出て歩いていたところ、午前六時ころ本件公園を見つけ、小峰と共に本件公園に立ち寄った。

5  原告裕義と小峰は、本件公園内に設置された本件遊具以外の遊具を利用して遊び始めたが、その後、本件遊具を利用して遊ぶようになった。

原告裕義と小峰は数回ずつ本件遊具の台座に腰をかけて空中を滑走したが、午前七時過ぎころに、原告裕義が本件遊具で空中を滑走したところ、ワイヤーロープの中央部付近で台座から転落し、本件事故が生じた。

(原告裕義が具体的にどのような態様で本件遊具を利用しており、何を起因として滑走中に落下したか、また、どのような姿勢を取りながら落下したかについては、原告裕義に本件事故当時の記憶がなく、小峰も本件事故を目撃していないため、明らかではない。)

二  前記認定の事実を前提として、以下必要な事実については追加認定して、本件の各争点について判断する。

1  注意義務について

本件遊具のようなアスレチック遊具が、一般に、これを利用する者の想像力や運動能力を養い、冒険心を満たすために遊具の構造に応じた遊び方を自ら発見していく可能性を想定して作られているものであることは、当事者間に争いのないところであり、前記第二・二3のとおり、本件遊具のようなターザンロープが、斜めに設置された出発台から空中を滑走するようにして使用されるものであることを考えると、本件遊具は、その使用に伴い落下等の一定程度の危険性を感じることが利用者の冒険心や想像力を刺激する要素となることを想定して設置されたものであるといわなければならず、本件遊具から発生することが予想される危険についても、その内容・程度が右の趣旨を逸脱するようなものでない限り、その危険は許容されるものというべきである。

したがって、本件遊具の管理を担当する公務員は、本件遊具が右のような観点からして通常有すべき安全性を欠く状態に至った場合には、通常有すべき安全性を確保するための措置をとる義務を負うというべきである。

2  争点1(本件遊具の台座)について

(一) 証拠(甲三の1ないし13、原告裕義本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件遊具のワイヤーロープに吊り下げられたチェーンの台座として、中心部分に板(チェーンが結びつけられている。)の入れられたタイヤ(直径数十センチメートル)が用いられており、本件事故当時、右のタイヤは劣化して、板の入れられていない外側部分が下方にややたれさがるようになる状態であったことが認められる。

(二) そして、証拠(甲五の1ないし31、乙一、六の1ないし11)及び弁論の全趣旨によれば、本件遊具と同種のターザンロープと称される滑走遊具は、東京二三区内だけでも一〇〇か所を超える公園に設置されており、その中には、ワイヤーロープにロープを吊り下げ、その下部にロープによる結び目を付けただけのものも多数存在することが認められる。

(三)  前記(一)のとおり、本件事故当時、本件遊具のチェーンの台座とされたタイヤは劣化して、その外側部分が下方にややたれさがるような状態であったのであるから、利用者のチェーンのつかみ方及び台座の座り方によっては、台座に劣化のないタイヤが用いられた場合と比べて、本件遊具で空中を滑走する際にやや落ちやすい状態となることは否定できないところである。しかし、本件遊具の台座の中心部分には板が入れられていたのであるから、台座がその役割を果たせなかったということはできない。

そして、前記一5のとおり、実際に、原告裕義と小峰は数回ずつ右の状態の本件遊具の台座に座って支障なく空中を滑走してタイヤの状態を現認していたはずであり、また、前記(二)のとおり、ワイヤーロープにロープを吊り下げ、その下部にロープによる結び目(右の本件遊具の台座より安全であるとはいえないであろう。)を付けただけのターザンロープがほかに多数存在することを考えると、右のような状態のタイヤが本件遊具の台座に用いられていたとしても、それは遊具としての安全上許容される範囲のものであるというべきであり、本件遊具が通常有すべき安全性を欠いていたということはできない。

(四) したがって、遠藤課長が、本件遊具の台座としてのタイヤを劣化のないものに取り替えなかったことが注意義務に反するとはいえず、この点に関する原告らの主張は採用することはできない。

2  争点2(本件遊具の敷地)について

(一) 証拠(甲三の9、10、原告裕義本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、本件遊具の敷地には自然土の上にダスト舗装が施されていたものの、右敷地のうち、ワイヤーロープの直下部分はダスト舗装が削られて、数ミリから一センチメートル程度の大きさの小石の混ざった自然土が露出していたことが認められる。そして、前記第二・二4のとおり、本件事故で、原告裕義が急性硬膜外血腫、左側頭部及び左側頭蓋骨線状骨折の傷害を負っていることを考えると、原告裕義は左側頭部を強く打つような態様で落下したものと考えられる。

(二) しかしながら、原告裕義が具体的にどのような態様で本件遊具を利用して、どのような姿勢で落下したかについては不明であり、かつ、原告裕義の頭部に受けた右傷害が本件遊具の敷地表面にあった小石に当たって生じた、たとえば陥没骨折によるものであるかについても不明である。

そうすると、原告裕義の頭部の傷害が本件遊具の敷地の状態のいかんにかかわらず生じた可能性は否定できないところであり、この点に関する原告らの主張は、その余の点を判断するまでもなく失当であるといわざるを得ない。

(三)  仮に、原告裕義の頭部の傷害が本件遊具の敷地の状況によっては避けられたものであると仮定してみても、前記一1のとおり、本件遊具の台座の地表ないし出発台からの高さは、台座に人の乗っていない状態でワイヤーロープの中央部付近で約0.5メートル、支柱付近の高いところでも約0.7メートルないし一メートルにすぎず、人が乗った場合には、更に台座の高さは低くなるというのであるから、右の台座の高さを考えると、本件遊具の利用者が滑走中に台座から落下することが考えられるにしても、本件遊具のワイヤーロープの直下部分の敷地の選択・管理に、他の種類の遊具と異なった特段の配慮をする必要があるということはできない。確かに、落下した利用者の頭部がワイヤーロープの直下部分の敷地に頭部に重大な傷害を受けるほど強く当たるような場合を想定するのであれば、敷地の選択・管理に特段の配慮が必要であるといえるかもしれないが、チェーンをつかんで台座に座るという使用方法を前提にする限り、滑走中の利用者がワイヤーロープの直下部分の敷地に頭部に重大な傷害を受けるほど強く打つような態様で落下するというのは通常予想し難いところであるから、右の点を考慮して、特段の配慮をする必要があるとまではいえない。そして、自然土中に数ミリから一センチメートル程度の大きさの小石が混ざった状態というのは、通常の地表の状態であるというほかない。

そうすると、前記(一)のとおり、ワイヤーロープの直下部分のダスト舗装が削られて数ミリから一センチメートル程度の小石の混ざった自然土が露出していた状態をもって、本件遊具が通常有すべき安全性を欠いていたということはできない。

したがって、遠藤課長がワイヤーロープの直下部分の地表を埋め直したり、地表にあらわれた小石を撤去しなかったことは、注意義務に反するとはいえない。

三  結論

以上によれば、被告には、損害賠償責任があるということはできないから、その余の点を判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。

(裁判長裁判官塚原朋一 裁判官林圭介 裁判官奥山豪)

別紙損害明細表〈省略〉

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